第40回記念日本書展
「内閣総理大臣奨励賞」


 

第40回記念日本書展の第一席「内閣総理大臣奨励賞」は、松本紀邦さんが受賞されました。受賞後の感想などをうかがいました。受賞者の松本さんは、次年度から同人会員に推挙されます。

Q1 受賞の知らせを受けたときの感想は?

9月11日の夜8時を過ぎた頃、私宛てに蘭の七宝焼があしらわれた立派な電報が届きました。
私が手にした電報の美しさが気になり大騒ぎをする娘の横で、心の準備もせずに私は電報を開けました。
それが佐伯司朗先生からの日本書展での受賞を知らせる電報だったことにまず驚き、内閣総理大臣奨励賞という賞の大きさに緊張し、しばらくの間、静かに電報の字を見つめておりました。
事の重大さが呑み込めずに、すぐに師匠である古川司源先生、古川司邦先生にお電話をすると先生方は優しい声で「おめでとう」と声をかけていただき、我に返って突然嬉しさがこみあげてきて、涙が溢れました。

Q2 作品の題材とそれを選ばれた理由は?

作品の題材は『老子道徳経』です。単に『老子』とも『道徳経』とも言われます。
以前、日本書展で道徳経を書いた作品を拝見し、その内容に興味をもったことがきっかけです。
道徳経は、中国の春秋時代の思想家老子が書いたと伝わるもので、「荘子」と並ぶ道家の代表的書物です。
その内容は、老子の根幹思想である「自然にまかせてあるがままに生きること(無為自然)」を教えてくれます。道家のことわざを集めたものだとの説もあり、道教の教えが短文で連ねられており、中でも第8章に出てくる「上善若水」は、筆に任せて自然に書くことを目標にしている私にぴったりだと思い、是非作品として書いてみたいと思いました。
そこで、古川司源先生、司邦先生の後押しもあり、道徳経を自運作品として書くことに決めました。

Q3 作品を仕上げるうえで特に苦労された点は?

道徳経は、『老子五千言』ともいわれ、上篇37章(道経)と下篇44章(徳経)に分かれ、あわせて81章で五千数百字の文章です。今回私は、この道徳経の1章から45章まで約3,000文字を作品にしました。
これだけの文字数を自分の字(自運)で作品として書くことは、自分の字と向き合うことであり、自分の未熟さを直視することになりました。そのため、本番に臨むまでの覚悟が出来ず、長い期間葛藤しておりました。
前に進めずにいる私に司源先生は、道徳経の内容やイメージに合うと思われる幾つかの法帖を示してくださり、司邦先生は、作品に合えばと箔がちりばめられ淡く色のある画仙紙を清書用にと用意してくださいました。私は先生方からのお心遣いをお守りにして、作品を書く覚悟を決めました。
作品をつくる上で、道徳経の教えである「自然にまかせてあるがままに生きる」という意味を文字としても表現できるように「自然な運筆」でありながらも「文字に対する内面が疎かにならないように」気持ちを凝縮した線を自然な流れと抑揚の中で表現することを心がけて書き進めました。
途中、筆が思うように進まなくなると今まで自分が学んできた古典の数々を頭の中に想い浮かべ、これまでの勉強が今の自分を助けてくれるのだと信じて書き進めました。

Q4 ところで、書を始められたのはいつですか?

書道を習っていた父と姉の影響で、4歳頃から自宅にて筆を持っておりました。書道塾に通い始めたのは6歳です。その頃は、書道展に出品する機会はありませんでしたので、展覧会への憧れが強くありました。
その後中学生になり、部活動が忙しく書道から離れますが、この頃高校で書道部だった姉が、ある時『旅立ち』と筆で書かれた色紙を見せてくれました。美しく生き生きした字に、家族皆で釘付けになりました。この色紙をお書きになったのが、当時姉の書道部の顧問でいらした、古川司源先生です。
この様な美しい文字を私も書いてみたいと心に想い、古川司源先生に書道を習うため、先生のいらっしゃる高校へと進学、書道部に入部したのです。
高校の書道部では、色々な体験をしました。書道展へ出品するため、漢字の古典臨書を沢山しました、特に「三体千字文」や「孝経」は何度も書きました。大変な勉強でしたが、楽しくて仕方がありませんでした。書道展ではたくさんの作品と人達に出会いました。中でも全国高等学校総合文化祭奈良大会に埼玉県代表として出場した際は、全国にこんなにも書道を頑張っている「書友」がいるのかと、震えるほど感激したことを覚えています。
そして、大学へ進学してからは、司源先生の勧めで、奥様である古川司邦先生の教室に通わせていただくことになりました。
司邦先生との出会いにより「かな書」という新たな書の世界へと私はいざなわれ、漢字だけでない新しい書の世界の勉強を始めることになりました。司邦先生は常に、字の細部にわたり注意をはらい、心をこめて書くことを私たちにご指導くださり、お手紙をはじめとする日常生活のあらゆる面で、筆で美しく文字を書くことの素晴らしさを教えて下さいました。
両先生のお導きにより、師範資格も取得し、現在も両先生の下で書の研鑽を続けています。

Q5 書の魅力はどこにあると思いますか?

書を通して、自分自身が成長することです。
学生の頃は、書くたびに新しい世界を知るのが楽しかったです。古典の臨書では、それぞれの原作の書家たちの思いや、その時代の匂いを感じながら、課題に取り組む時間があり、自運の作品では、模索と発見を繰り返す中でひとつの形として作品が出来あがっていく過程と出来あがった時の達成感と充実感が心を満たしてくれました。
その後、社会人となり、結婚、出産と環境が変化した際、私は書道を続けるかどうか、決められずにおりました。その度に、たくさんの先生方から、自分のできることから始めなさいと背中を押していただき、私は書道を続けることを決心しました。
今考えると、子どもの成長と共に私も成長し、その傍らには常に書がありました。慣れない生活の中、幼い娘を抱き抱えたまま筆を持ち、半紙の作品を月に数枚しか書けない日々もありました。こんな中途半端でいいのだろうかと悩んだ事もあります。しかし、娘の成長とともに、忙しい毎日の中でも書道と向き合う時間を作り出していき、私が書く紙は徐々に大きくなり、難しい課題にも取り組めるようになりました。
また、学生時代に経験した書作品と向き合うことで得られた達成感があったからこそ、困難な時期も筆を離さず、書道の上達、また自分自身の成長と繋がっていったのではないかなと思います。

Q6 最後にこれからの抱負について一言お願いします。

この度は、『内閣総理大臣奨励賞』を受賞させていただき、誠にありがとうございました。
これも偏に、佐伯司朗先生、佐伯方舟先生、現代書道研究所の諸先生方のおかげと心より御礼を申し上げます。そして、師匠である古川司源先生、古川司邦先生には、学生時代からずっと御指導いただき、見守っていただいております。得難い幸せと心より感謝申し上げます。
私にとって書は、常に始まりです。書の道は終わりのないもので、ひとつの課題をクリアすると、また、書の新たな課題と目標が私の前に現れ、そのための道の入り口に立ち、私の歩みが始まります。それは筆の緩急であり、文字間や行間の間であり、文字の成り立ちへの造詣の深さであり、学ぶ度に書の中に広がるまだ知らない書の輝きに気付かされます。同時に人生の様々な節目で、多くの学びと出会いを「書」が私に多くのものを与えてくれました。古川両先生との出会いや多くの書友との出会いも、悩みながら筆を握った日々も、今では私の大切な宝物です。
これからも書を学ぶ者として、古典の法帖や先生方の作品の中から多くを学び、心が込めた美しい文字を求めて参ります。そして、中島司有先生が提唱され、同人会員の先生方が継いでこられた「書の無限への挑戦」の志を、次の世代に伝承する架け橋となれるよう、常に書を愛する者でいたいと、強く願っています。
この受賞の重みを忘れず、初心にかえり、日々精進して、日本書展の発展と共に私も成長して参りたいと存じます。今後ともご指導賜りますよう心よりお願い申し上げます。
最後になりましたが、私を優しく包んでくれるお教室の先輩方、ずっと支えてくれる両親、古川先生に会わせてくれた姉、私のこの活動に深い理解を示してくれている主人、「ママの夢のため」と寂しい思いを我慢して応援してくれた娘に、心から感謝いたします。

 

松本 紀邦 (マツモト キホウ)

現代書道研究所 幹事
毎日書道展 近代詩文書部会友
日本詩文書作家協会 準会員

師 古川司源 古川司邦

 

 

 

 

 

 


第40回記念日本書展
「文部科学大臣奨励賞」


 

第40回記念日本書展の第二席「文部科学大臣奨励賞」は、森作朗誠さんが受賞されました。受賞後の感想などをうかがいました。受賞者の森作さんは、次年度から同人会員に推挙されます。

Q1 受賞の知らせを受けたときの感想は?

9月11日に仕事から帰ると「電報が届いてるよ」と母から言われました。それは豪華な蘭の花がある台紙の電報でした。中を開けてみると『第40回記念日本書展に出品の貴作は…文部科学大臣奨励賞と決定…』と書いてありました。驚いて何度も読み返しましたが、夢ではありませんでした。
早速、佐伯司朗先生にお電話をして感謝の気持ちをお伝えしました。すると先生は「良かったね」とおっしゃり、審査をされた多くの先生方が票を入れてくださったことも教えてくださいました。このような賞をいただくまで私を導いて下さった、今は亡き中島司有先生と現在、直接ご指導をいただいている佐伯司朗先生、方舟先生、そして、現代書道研究所の多くの先生方にも支えていただいていることに、ただただ感謝の気持ちで一杯になりました。同時にこれからは、この賞にふさわしい書活動をしていかなければならないと、身の引き締まる思いでした。

Q2 作品の題材とそれを選ばれた理由は?

董其昌書の『金剛般若波羅蜜経』を書かせていただきました。
昨年の日本書展では、張即之書の『金剛般若波羅蜜経』を書かせていただきました。張即之の書法は重厚で、鋭さを備えた禅僧の「墨跡」を感じさせる独特の書体でしたが、この董其昌のものは、張即之のそれとは同じ楷書でも違いがあり、かと言って天平や平安時代の写経体とも異なった趣があり、現代的な香りのする楷書体で、凜とした美しさを感じておりましたので、以前からぜひ一度書いてみたいと思っていたものでした。
今回は、父の七回忌にあたっておりましたので、お経の意味も学びながら祈りを込めて『金剛般若波羅蜜経』をもう一度書写したいとの思いもあり、この作品を選びました。

Q3 作品を仕上げるうえで特に苦労された点は?

文字の中心を揃えて書くことと、楷書でありながらも前後の文字との目に見えないつながりを意識して書くことです。3p×3pのマスに文字を書き入れているので、その文字の流れを見ていただいた人に感じていただけるようにと思いながら書きました。
しかし、5,196文字におよぶ作品を一文字一文字書くことに集中する気持ちを毎日持ち続けながら、流れも意識するのはとても大変なことでした。全紙2枚を縦に継ぎ、1行が85字ということもあり1日に何行も書けませんので、心静かに写経を進めるのが精一杯でした。
ところが、2幅目の半分以上進んだところで母が体調を崩して入院してしまい、心が落ち着かなくなり、動揺して「菩」の字を間違えてしまい、2幅目の最初から書き直しをすることになりました。時間も限られているのに間違えてしまい、このままでは書き上げることができるか心配でしたが「焦らず、書けることに感謝しながら書けるだけ書こう」と気持ちを切り替えて書き続けて、なんとか締め切りまでに仕上げることが出来ました。

Q4 ところで、書を始められたのはいつですか?

小学4年生の時に自宅近くの書道教室に通ったのが始まりでした。
その書道教室は、6年生でやめてしまい、中学・高校では、書道と無縁の生活をしていました。
國學院大學栃木短期大学国文科に進学して、新入生歓迎展で書道部の作品を目にしたとき、それまでの「書道」の概念が覆りました。今までに見たこともない、近代詩文書の作品や美しい文字で書かれた多字数作品が展示されていました。私もこのような文字を書いてみたいと思ったことがきっかけになって書道部に入部、そこで顧問をなさっていたのが中島司有先生でした。
書道部では、漢字・かなの様々な古典に出会い、毎日書道展や日書展に出品するためにみんなで合宿をして作品づくりをするなど、書を学び、書く楽しさを司有先生に教えていただきました。人生で初めて書いた臨書は「蘇孝慈墓誌銘」でした。一文字一文字時間がかかり、自分でも満足のいく作品ではなく、とても人様に見せられるものではないような気がして、恥ずかしくて俯いていた私に司有先生は「1枚目より2枚目に書いた物の方が文字が立っているのがわかるでしょう。何度も真剣に書くことが大切なのだよ。」と、さらに「ロッククライミングなら手を離すと死んでしまうが、書は命まで無くすことはない。しかし、一歩一歩・一文字一文字を命がけで取り組むことが大切なことなのだ。」と優しく私を励ましてくださいました。
また、司有先生の個展が銀座の和光で開かれた際、先生の多彩な作品群に私は圧倒されました。中でも『あなたが好きです』という作品を前にした時は、先生の優しいお声が聞こえたように感じ驚きました。文字が語りかけてくるとは、まさにこのことなのだと強く感じた瞬間でした。この時から、私はとてつもなく凄い先生のもとで書を学ぶことになったのだと感じ、初心者同然の一学生の私に対しても真剣に指導してくださる先生のお人柄に感動しました。この書道部での経験と中島司有先生との出会いが私を本格的な書の道へと足を踏み入れさせるきっかけになりました。
卒業後は、教員として働き始めました。生徒に教えるためにも書の勉強を続けようと思いましたが、自分の想いとは裏腹に仕事も子育ても忙しく、司有先生のお稽古にもなかなか伺うことが出来ず、毎日書道展などの展覧会作品を書くだけの日々が何年も続いていました。
子育ても一段落した現在は、茨城から埼玉まで高速道路を車で走り、毎週、佐伯司朗先生の教室に通わせていただいております。古典を中心とした漢字・かなの勉強をしながら、近代詩文書作品のご指導もいただき、精力的に展覧会活動もして、充実した書活動が出来ること、書を続けていられることに感謝しています。

Q5 書の魅力はどこにあると思いますか?

「書けば書くほど、さらに奥が深い世界がある」ところです。
始めたばかりの頃は、先生方や先人の作品を「素晴らしいな」と感じることはできましたが、先生方の書かれた線質を出すことがいかに難しいか、作品や文字の構成をどれほど緻密に考え抜かれて書かれているかなどについては、言葉としては理解できても自分の感覚としては理解することができませんでした。それが、日本書展で全紙2枚継3幅の作品を手がけるようになってからは、自分の未熟さと勉強不足が身に染みてわかるようになり、同人会員の先生方がいかに長い間鍛錬されて来られたかを痛感するようになりました。古典の臨書を手掛ける時も、それまでは法帖を見ても以前は自分には見えていなかった、形の違いだけでなく、線質の違いや原作を書かれた時の作者の気持ちなど、見えなかったことが見えるようになってきて、自分の感覚が変化していくことにも魅力を感じています。

Q6 最後にこれからの抱負について一言お願いします。

現在は教職者として、中島司有先生が私に与えてくださった、文字を書くことの楽しさや素晴らしさを多くの生徒たちに伝えようと思って授業で教えていますが、この仕事を退職したら地元の茨城で書道教室を開いて、地域の子供たちや大人たちに、書の魅力を伝えることが出来たらと考えています。
佐伯司朗先生が常日頃「日本で綿々と続いてきたこの書道という文化を古典を通して次の世代に伝えていくのが私達、現代書道研究所の使命だ」と、おっしゃっています。私もその書道文化伝承の一助になれるように更に学習を重ね、漢字・かな・近代詩とさまざまな分野の書に挑戦し、学生時代、中島司有先生からいただいた数々の教えを胸に刻み、あらゆる古典を紐解きロッククライミングの様に一歩一歩上に進めるよう、常に真剣に勉強して参りたいと思います。
この度賜りました『文部科学大臣奨励賞』に恥じぬよう努力して、微力ではございますが、現代書道研究所のお役に立てるよう精進して参りますので、今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
最後となりましたが、ご指導くださいました佐伯司朗先生、佐伯方舟先生、そしていつもご助力くださる現代書道研究所の諸先生方、総本部・恵比寿教室・三原教室の皆様に厚く御礼申し上げます。

 

森作 朗誠 (モリサク ロウセイ)

現代書道研究所 理事
毎日書道展 近代詩文書部会友
日本書道美術院 二科審査員

師 中島司有 佐伯司朗 佐伯方舟